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新潟地方裁判所 平成元年(モ)283号 決定 1990年8月03日

新潟市鳥屋野四丁目一九番一号

原告

乙川博

右訴訟代理人弁護士

中村周而

中村洋二郎

新潟市営所通二番町六九二番地五

被告

新潟税務署長

土田幸雄

右指定代理人

梅津和宏

山田昭

有賀東洋男

佐藤修治

丸山啓司

松沢敏幸

右当事者間の昭和六一年(行ウ)第一号所得税更正処分等取消請求事件につき、原告から文書提出命令の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  本件申立ての趣旨と理由は、別紙「文書提出命令申立書」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

当裁判所は、

1  本件記録を精査しても、本件申立てにかかる文書(以下、「本件文書」という。)を、被告が本件訴訟で引用しているとは解し難いこと(被告が引用しているのは「同業者調査表」であり、本件文書とは異なる文書である。)

2  本件文書は、いずれも個人の秘密に属する事項の記載が存することが明白であり、これは被告が国家公務員としてその職務上知り得た秘密であって守秘義務を負うものであると認められるから、被告は本件文書の提出義務を負わないと解さなければならないこと

から、本件申立を理由がないものと判断した。

三  よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉崎直彌 裁判官 駒谷孝雄 裁判官 手塚明)

昭和六一年(行ウ)第一号

文書提出命令申立書

原告 乙川博

被告 新潟税務署長

一九八九年四月一一日

右原告訴訟代理人

弁護士 中村周而

第一民事部 御中

一 文書の表示

被告が、本件訴訟における推計課税のため抽出し、昭和六一年九月一九日付け被告準備書面(二)の、

(1) 別表四に記載する新潟税務署管内の木造建築業の同業者番号1ないし20の各業者についての各昭和五四年ないし五六年分の確定申告書、貸借対照表、損益計算書及び勘定科目内訳明細書の写し。

但し、各業者につき、年度によって同表に収入金額、所得金額の記載がない場合は、右記載のない年度分を除く。

また確定申告書は、申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したものとする。

(2) 別表五に記載する生コン圧送業の同業者番号1ないし8の各業者(同業者番号1・2番は長岡税務署管内、3・6・8番は新潟税務署管内、4・5は三条税務署管内、7は新発田税務署管内)についての各昭和五四年ないし五六年分の確定申告書、貸借対照表、損益計算書及び勘定科目内訳明細書の写し。

但し、各業者につき、年度によって同表に収入金額、所得金額の記載がない場合は、右記載のない年度分を除く。

また確定申告書は、申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したものとする。

(3) 別表六に記載する新潟税務署管内の飲食業の同業者番号1ないし19の各業者についての五六年分の青色申告決算書(青色申告書類綴の決算書一切)の写し。

但し、青色申告決算書は、申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したものとする。

二 根拠条文 民事訴訟法第三一二条一号

三 申立の理由

1 民事訴訟法第三一二条一号で「引用文書」を所持する当事者にその提出義務が課せられた趣旨は、その当事者が裁判所に対して当該文書を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申立てることにより、その主張が真実であるとの一方的な心証が形成されるのを防止し、当事者間の公平を図るためにその文書を相手方の批判にさらすべきであるという点にある。

右のような立法趣旨に照らせば、「引用文書」とは、文書そのものを引用する場合のほか、その主張を明確にするため文書の存在・内容につき積極的に言及した場合の文書をも含むと解するのが相当である。

2 これを本件についてみると、被告は本訴において被告抽出にかかる同業者らの各当該年分の収入金額と所得金額から各業者の所得率ならびに平均所得率を算出して「同業者調査表」を作成し、それらの数値を昭和六一年九月一九日付け被告準備書面の別表四ないし六に表示したものであるが、右「同業者調査表」は、被告抽出にかかる同業者の確定申告書(別表六にあっては個人事業者の青色申告決算書)、貸借対照表、損益計算書及び勘定科目内訳明細書(以下、本件申告書類という)に記載された金額を移記、控除して作成したものであることが認められる(乙第二号証ないし乙第八号証参照)。

3 そうすると、被告の本訴における主張及び立証が直接には前記「同業者調査表」に基づくものであるとしても、客観的かつ実質的には本件申告書類に基づくものというべきであり、被告は自己の主張を明確にするために本件申告書類の存在及び内容に言及し、かつ右言及も積極的になされていると認めるのが相当であるから、本件申告書類はいわゆる「引用文書」に当たるというべきである。

4 ところで被告の主張する推計課税が合理性を有するかどうかは、その基礎データがどのようなものであるかの検討が不可欠である。そのためには少なくとも本件申告書類をもとに、各同業者と原告の企業規模、形態の類似性の有無を検討するとともに、各同業者の個別的事情の有無を検討する必要がある。そして原告は本件において、被告主張の推計課税の合理性を争っているのであるから、本件申告書類が証拠としての必要性を有することは明らかである。

5 なお、本件において原告は、本件申告書類記載中の、申告者および税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称、所在地、従業員の氏名など申告者の特定につながる固有名詞を削除した文書(写し)の提出を求めるものであり、これを提出したとしても、特段の事情のない限り納税者の営業、財産などに関する秘密を漏泄するおそれがあるとは言えないことを付言する(ちなみに、本件文書提出命令の申立と同様に申告者の住所・氏名等を削除して、青色申告決算書の提出を命じた判例として、平成元年一月二五日鳥取地方裁判所決定参照)。

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